『着信アリ』と『ボイス』

さっき録画した着信アリを見た。ホント、映画館まで見に行かなくて良かった。
企画・原作:秋元 康っていうだけあって、ホラーなのかサスペンスなのか良くわからない進行をしてしまっていた。やっぱ秋元康は、バラエティか人情ドラマ書く方が似合ってると思うんだけどね。
さて、『着信アリ』が公開されるちょっと前に、同じような題材で『ボイス』っていう韓国映画も放映されたわけだが、どっちかっていうと『ボイス』の方がさらに駄作。どちらも携帯電話というアイテムを巡っての恐怖体験話であるものの、『ボイス』に関しては「携帯電話の特性をうまく使えてねー」って感じのお話である。
自分の電話番号からの着信で死の予告を受けるという『着信アリ』は、当然着信があった際に恐怖心を盛り上げる演出や、幽霊が出てくる前に携帯の着信音を鳴らすなどして恐怖を煽る趣向を凝らしていた。しかし、『ボイス』は同じ携帯の電話番号を持つ人間が謎の死を遂げるという設定をしてしまい、死ぬ前に携帯が鳴るという必要性がなくなってしまった。子供が携帯に出て、そのボイスによっておかしくなっていく、という演出はあったものの、家の電話でいいし・・・。っていうか、普通、親の携帯取ることなんてないから、余計な小話を挟まなきゃいけなくなるよね?
しかも、その『ボイス』だが、同じ電話番号の人間が殺されていくにも拘らず、最終的に恨まれているのは電話番号とか携帯とか関係ない【主人公の身近な人】という、物凄く傍迷惑なオチが待っている。散々怖がらされた主人公の立場は・・・。っていうか、同じ電話番号つながりで殺された人たちの無念はどこへやら。そしてどちらかというと、幽霊よりも【主人公の身近な人】の鬼畜ぶりに驚かされるお話であった。
もちろん『着信アリ』も、マシってだけで、うまくない。【死の予告】なんてのがある限り、『リング』と同様に主人公たちはそれを避ける努力をしなくてはならなくなる。結果、サスペンス色が濃くなっていく。僕は、このサスペンス色は、ホラーにとってはかなり強敵になると感じる。
サスペンスの要素を入れてしまうと、その謎をあっさり解く訳には行かなくなる。一端、興味を持ってしまったものが、ひどく簡単だと視聴者が飽きてしまうからだ。しかし、あまり難解にすると話のつじつまが合わなくなったり、主人公たちが【怖がる人々】から【芯の強い探求者】になってしまったりする。初めは着信音が鳴る度に恐怖に打ち震えていた主人公が、犯人やその家族と思える死体などを発見しても、眉一つ動かさなくなっていく。
そして、途中を難解にし過ぎてしまったのか、殺戮の大義名分が立たなくなったのか、ラストの方は、精神世界だか現実の延長だかわからない世界に連れ込んで、半端に終わらせてしまう・・・。もちろん、ラストはやっぱり皆殺しなんだけど、無駄な表現が多くてわからない人も多いだろうな。
やっぱ『呪怨』がいいよね。カヤコの索敵圏内に入った奴は、皆殺しです!って方が、わかりにくくしても「ぜってえー殺られる」っていう確信だけは持てるから。